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ビューティフル・ネーム

2004年6月11日(金)20:24きとら[Diary, Doujin]

name.jpgコマ割りが完了して、ようやく下書きに移ってます。右はラフスケッチの一部。小さい上にごちゃごちゃしてますが自分でも解読困難だったり。(爆)
ネタの神が降りてきた時は「うおお来た来た!」ってエキサイトするんだけど、すぐに集中力が切れてそばの地図帳を開いて読みふけってしまうので残念無念(´`)

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人名用漢字追加 「苺ちゃん」「牙君」などOKに – asahi.com : 社会

数年前に「琉」の字が1字だけ追加されたことがあったけど、今回は578字、かなり大量の追加になりそうですね。小学校低学年の頃の愛読書は『赤ちゃんの名づけ方』(佐久間英)でしたから(いやマジで(爆))、以前から注目してました。 これで「牙竜君」とか可能になるんですね!(爆)
「呪」「屍」「癌」みたいな漢字も法務省の見直し案に含まれているということでニュースでいろいろ騒がれてるみたいだけど、国が人名として使っていい漢字を厳しく制限してきた従来の方針がようやく緩和されてきたんだなぁ、とボクはしみじみ思ってます。だって「尻」「呪」が「マイナスイメージ」の漢字なら、田尻さん神呪さんはどうすればいいんじゃと。さすがに「痔」や「癌」はやだけど(笑 人名に使える漢字かどうかの客観的な判断は難しいところですね。
厳しい制限って言ったのは、内閣告示で定められている「常用漢字」の前身で、「当に用いるべし」という強制的な意味合いの「当用漢字」のような文字政策のこと。戦後の政府の文字政策への不満はたんまりあるけど、長くなるので割愛っ。


欲を言ってしまえば一番問題なのは、法的には親がつけた名前をほとんど変えられない現状と、日本社会の「名づけのルール」の欠如、の2つなんじゃないかな。 善し悪しはともあれ、他の地域だと、たとえばキリスト教徒の名前の多くは聖人に由来するし、韓国では陰陽五行説、西アフリカでは誕生日の曜日に基づいて命名したりするそうです。 宗教的・社会的な権威の存在が希薄な日本では、「命名権」は親の専売特許になりつつあるからなぁ……(だからといって何か新しい権威的なものを望んでるわけではないですが)。有名な「悪魔ちゃん」事件もそうだし最近の児童虐待でもそうだけど、親が必ずしも子どもを愛するとは限らないご時世ですから(´`)
たしかに一般的に読めそうもない漢字は困るし、1人の人間が名前をころころ変えてたら社会システムの混乱は必至だし(士族は人生の節目で何回か改名してたよね。この変化は元号の一世一元制との関係…はないか(汗))。
あと審議会でも議論になってたけど、この見直しにはJIS文字コードの問題もからんでくるハズなんだけど……抜本的な改革は先のことになりそう。文字は文化文明の基盤中の基盤なんだから、もうちょっと国も世論も動いてほしい所存であります。

国家が上から規制の網をかけてコントロールするよりも、その子どもが一生背負っていく大切な名前だってことをよく踏まえたうえで、両親だけじゃなくてもっと社会的な広い枠組みのなかで考えるようになってほしいな、というのがきとらの個人的な願いです。

名前、それは燃えるいのち♪(*゚ω゚) というわけで今日は ネーム についてのお話を二つほど。
おあとがよろしいようで…。