Home > Books, Diary > 『「民都」大阪対「帝都」東京』

『「民都」大阪対「帝都」東京』

2004年9月17日(金)15:38きとら[Books, Diary]

よく見ている『僕の見た秩序。』でCHAGE&ASKAの話題が出ていました。
きとらも先日コレに劣らぬショッキングな体験をしたんです。といっても数週間前のことなんだけど、帰省最終日に駅に向かう車中で耳にした、衝撃的なフレーズが今も忘れられないんです。

それは朝のNHK第1放送を聞いていた時のこと。

「それでは、チャージ&アスカで…

なっ… さっき、チャージと!?
しかも天下のNHKがアナウンサーが チャージだとッ!?

なぜかちょっとだけ、生きる希望が湧いた瞬間でした。

—————————–
降灰が心配というかもううっすらと積もっちゃってる東京をあとにして、またまた突然だけど 週末の連休に大阪に行ってきますー∩(・ω・)∩
その下調べも兼ねて、『「民都」大阪対「帝都」東京』(原武史著、講談社選書メチエ) っていう本を読んでました。


ISBN:4-06-258133-7サブタイトルの 「思想としての関西私鉄」 から窺えるように、京阪神の私鉄が「私鉄王国」大阪をつくりあげ、「官」の思想を体現する「東京」のアンチテーゼとしての民都の繁栄を謳歌しながらも、昭和に入ると「もうひとつの帝都」となることを要請され、神都「伊勢」をコアとする帝国の階梯秩序に徐々に取り込まれてゆく過程を追ったものです。
見出しも「私鉄という文化装置」「『阪急文化圏』の成立」「キタの『合理主義』とミナミの『浪曼主義』」と、なかなか興味をそそります(笑
あっいえ 特に鉄道マニアだからってわけでもなくて、この原さんは日本近代思想史の中堅の学者だし(主著の『思想としての出雲』や『大正天皇』は読んだよ)、何たって都会に出る時はまず私鉄を知らなくちゃ始まらないですから( ・ω・)ノ きとらも東京に出てはじめて、「京王」「東武」っていう名前を知ったくらいで…。 たぶんボクだけじゃないはずのJRと私鉄の認識の差は、両者の扱いが天と地ほどに違う 学校や時刻表の地図記号が大きく影響してると思うんだけど、どうだろう。

んでもって話を元に戻すと、大阪はきとらにとっては東京以上にミステリアスたこやきワールドなので、どうして阪急のターミナルは「大阪」じゃなくて「梅田」なのか、近鉄のターミナルが「天王寺」じゃなくて「あべの橋」なのか、どうして東京のようにJR-私鉄・地下鉄間の相互乗り入れが少ないのか、そういうどうでもいい疑問に的確に応えてくれます。
大阪に行く前の打ち合わせで、「天王寺は東京で言う上野みたいなところだ」という意見が出たんだけど、これは本書にあるような「内国勧業博覧会」としての位置づけも、その類似性を生んでるんじゃないかな。(近代化の装置としての「博覧会」については、これはこれで最近研究がされはじめた面白い分野なんだけど、今回は割愛)

以下は本書から抜粋。

新世界の中心には、エッフェル塔を真似た通天閣があり、その北方には、半円形の広場を中心に、放射状の三本の道路が走っていたが、これれは明らかにパリを模したものだった。また通天閣の南方には、アメリカのコニー・アイランドをモデルにした遊園地ルナパークがあり、通天閣とルナパークの間はロープウェイで結ばれていた。この新世界は、欧米の都市や遊園地をモデルにしていることからもわかるように、中産階級の家庭の健全な遊び場を目指していたが、宝塚とは異なり、しだいに大阪市内の労働者や商人らが多く集まる歓楽街へと変質していった(106頁)。

  そっ そうか!Σ(゚ω゚ )

とりわけ、梅田ターミナルや阪急百貨店を控え、大阪駅を見下ろすことのできる梅田-十三間の高架複々線が持っていた意味は大きかった。したがって、鉄道省からの一方的な要求に屈して、梅田付近の阪急の高架線を地上線に(あるいは地下線に)することは、そのまま「私鉄王国」が関西地域に迫ってきた「帝国」の秩序に完全に包摂されることを意味しかねなかった(168頁)。

  そっ そうか!!Σ(゚ω゚ ) 爆

ISBN:4-569-61666-6あと、対する東京という都市を思想面から探るのには、『東京育ちの東京論』(伊藤滋著、PHP新書) がいいかな。都市計画の専門家ということもあって 眼差しはほとんど現代に向けられているけれど、ユニークな切り口がいいなぁと思いました。
こちらも「維新の勝者の駅・新橋、敗者の駅・上野」「『東京』は南進する」という見出しだけでもワクワクです(爆

それでは新世界の中心で、愛をさけんできますヾ(゚ω゚ )ノ゙

※投稿から3年以上経過した記事へのコメントは表示されません。ごめんね。