ああ! 秋が秋が夏を殺してしまつた(G. アポリネール「秋」)
主よ 秋です 夏は偉大でした(R. M. リルケ「秋の日」)
秋も深まってきたことだしと、ものすごくベタですが、詩を読んでみようかと思い立ちまして。
堀口大學の翻訳詩集『月下の一群』(講談社文芸文庫、1996年)。原書は1925年刊行、というから80年以上も前ですね〜。
今なお愛読している上田敏の『海潮音』(1905年)と並び称されることも多いこの海外詩集、しかしながら今まで寡聞にして知りませんでした…不覚。この
殊にポール・フォール Paul Fort、フランシス・ジャム Francis Jammes、ギィ・シャルル・クロGuy-Charles Cros らの叙情主義的な詩を繰り返し読んでます。本当はその素晴らしさをここで引用しながら説きたいんだけど(笑)、紙面と時間等々の都合で割愛っ。
それにしてもこの3名、日本版Googleに全然引っかからないこと。このまま埋もれさせるなんてもったいないなぁ(´・ω・`) 個人的にはジャムの「何故に我等の子等は英雄であるか」が、特に好き。泣けます。
「戦後名詩選」の2冊は、その名のとおり 第二次世界大戦以後につくられた日本の詩を中心に集めた詞華集。
鮎川信夫、宗左近といったいわゆる「戦後詩」の第一世代から、入沢康夫、大岡信、谷川俊太郎の活躍した50年代を経て、寺山修司というスターを生み…と書き続けているときりがないのですが、そういった戦後の詩壇を彩ったスターたちを網羅しております。
ただ、たしかに人口に膾炙した名詩ばかりではあるんだけど、どうも歴史化してしまったようなものも多く、「戦前」と「戦後」との明瞭かつ意図的な断絶とはまた違った、時代が<戦後>であった頃と現在とに横たわる、ゆるやかな断絶…といったものを感じさせられました。昭和は遠くなりにけり……。
「月下の一群――今月の詩集」へのコメント:
こんばんわ〜。
秋も深まりすぎて冬の心地がします…。stingの曲がよく似合う季節感。
>緩やかな断絶
あまり世間体では重要視されてませんが、ちょっと問題がある傾向が見えてるんですよね…。物事やスタイルを細分化して分割してる現状ですが、世界背景はすべてを総括しだしてる、とかなんとか。
元来宗教は自然の摂理に対する理解の仕方として存在したのに、それを社会に組み込むことで社会体制を形成し、人の侵略と結合の要素へと変えた。
それと同じように自然と社会を重ね始めている。その結果がエコ。
これはとてもいいことのですが、「なぜ人を殺してはいけないか」という問いに答えれなくなっているという倫理的世界においての崩壊、というより示しがつかなくなっている。というものなんですけれど。
自然の世界で人が人を殺す殺さないはごく自然なものでしょう。感情や生存の意志に任せられる領域。シンプルに捉えていい。悪いことなんて別段、ない。
けれど、社会の枠組みではそれは禁忌。社会の構成の糸は『信頼』という曖昧なものでつながっているわけですから、他者を侵害する行為は、そのもの自体を壊して糸を切ることで社会において異端以上の孤独を得る。それ以上に他のものにもそのつながりの消失により、少なからずの利の損失が起こるわけですから、良いと言ったものではないわけです。社会の本質は『利益の創造』、それを媒体化したのが金銭というものでもあるし、記号でもある。
その社会の中で、のんべんだらりと自然の摂理にあらがう。意味がわからん。という問題です。自ら離れたもの、ぼんやりと離れすぎて、断絶していたことを忘却しているという問題なんですけど。
答えが出るのかな〜って、思っちゃいますね…。
栗ごはん…たべたいなぁ〜(ωー
(長文ですいません(汗))
アンソロジーと聞くと、なんか、こう…
違うものを思い出す秋。こんばんわ、青銅竜です。
読書の秋ですね。






あ、ごめんなさい
お酒に(かなり)酔った勢いで、たしかその日は書き込んだ気がします(汗々)
最近白ワインにはまってて(爆)
あまり考えないで長文書いてしまいました(xー;
教育倫理あたりの話をしたかった模様ですね(他人事
*それと、リルケの『秋の日』は個人的に好きです